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ゆうゆうの里株式会社
 
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ゆうゆうの里株式会社
 

 ゆうゆうの里のホームページを制作するにあたって、代表取締役である草場由美さんのインタビューをする中で様々な出来事や事例を聞かせていただきました。お話をお伺いしていて思わず胸がジーンと熱くなることも何度かありました。
 このページでは、ゆうゆうの里の中で実際に起こった出来事をぜひご紹介したく、草場さんにご了解を得て「ある・ここハートフル対談」と題して掲載させていただくコーナーとさせていただきました。

Aさんとご家族のお話



この宅老所を設立して数ヶ月経った頃、
ある会社の会長さん(Aさん)がご入居されました。
当初は城南区片江にあった私の実家を改造して作った
木造モルタルの一軒家からスタートしましたから
見た目も質素で見劣りする外観・・・いえ、むしろ「オンボロ家」だったんです。
お年を取られても会社の会長さんですから
入ろうと思えば高級なところはいくらでもあります。


なのに、ここを選んでいただいた理由をご家族の方にお伺いしたところ、
「温かくふれあい、お互いが支えあい、感謝と尊厳を大切にすることを基本とする」
という当所の理念を気に入って入所を決められたそうです。
「オンボロな宅老所でも真心込めて対応させていただきます」と
胸を張ってお伝えすることが出来ました。
認めてもらったことの嬉しさがで心が一杯になった瞬間です。


一般的には「新しく綺麗な外観」であったり
「運営母体が大きなところでなくっちゃ」といったところが
宅老所を選ぶ一番の基準と言われているにもかかわらず、
古い外観や運営母体のことを気にせずに利用して戴いたことに
大きな勇気をもらいました。




ご入居されたAさんはアルツハイマーだったのですが
ご入居されて以降どんどん明るい表情になり、当所で過ごしてくれました。
ご家族の方が週に一度ご面会に来られていたのですが、
明るく過ごされているAさんを見ながら
「やっぱりここに入居させていただいて良かった」
と事ある毎に仰ってくださいました。


しかし、そうは言ってもご高齢ですから、5年ほど過ごされているうちに
だんだん体力も弱って・・・入退院を繰り返されるようになりました。


ご家族の方から
「退院したらここで過ごさせてあげたいから部屋を空けておいて欲しい」
というお申し出がありました。
規約がありますので長期の部屋の確保は出来ないのですが、
その間も保守料を払ってくださりAさんが退院して
いつか帰ってくる場所として選んでくださったんです。


そんなお母さん思いのご家族の皆さんの気持ちは私たちにも伝わります。
Aさんを最期まで介護していく勇気・自信、
そして温かい気持ちをご家族と同様に深めることが出来ました。
入院中も私たちがご家族同様に病院に行って話しかけ、
身の回りのお世話をして本当の家族であるような気持ちのまま
最後の時まで過ごさせていただきました。


【ご家族の代行をする】という気持ちでお世話させていただくことが出来ました。
Aさんとご家族の皆さんにスタッフも育ててもらったのかもしれません。

Kさんのお話。伯爵夫人!上流階級の奥様が宅老所に・・・。



宅老所を開所する直前、私は体調を壊して入院してしまいました。
そんな時に病院で知り合いになったKさんのお話です。

私が病院の廊下を歩いているときに病室から
うめき声が聞こえて空いていたドアから
ちょっと様子を覗いてみると・・・・・!!
ベッドに挟まって動けなくなってもがいているKさんを発見!
幸い挟まったKさんを助けてナースコールで
看護婦さんを呼んで事なきを得ました。
無事を確認して私はお部屋を出たのですが
このKさんが上流階級の奥様だったんです。


数時間後Kさんは車いすで私の病室まで
お礼を言いに来て下さいました。
そのKさんの姿にビックリ・・・・
とても入院中とは思えないドレス姿で・・・!
丁寧なお礼の言葉からはじまり、何故か突然身辺調査が・・・。
出身地、出身校、名前、年齢、家族構成、
仕事、結婚、両親の仕事やその暮らしまで・・・徹底的に調査です。


私も言われるがままにお答えしてしまいましたが、
後から考えると何故そこまで??というくらい徹底的です。






その後Kさんは退院されたのですが、
その時私がお話しした「宅老所(当時オンボロ家だった例の施設)」を
Kさんが見学したいというご家族からの電話がありました。


ご家族からお話をお伺いするとお住まいは佐賀県らしく、
わざわざ福岡の片江に宅老所を選ぶ必要もないだろうと
思ったのですが、Kさんご本人がぜひ入りたい!ということで入所が決定。
そして・・・・・このKさんが我が宅老所の第一号となりました。


最初の入所者の方ですから、他には誰もいらっしゃいません。
スタッフの人数のほうが多いわけですから
一人で至れり尽くせりの手厚い介護を受けることになりました。
しかし、当然ながら徐々に入所の方が増えてきます。


ここからKさんは上流階級の伯爵夫人モードに突入。
すべて自分中心でなければ気が済まない、
スタッフは呼びつけられ召使いのように扱われはじめます。
目の前に正座されられてお説教されたり、
自分専任のスタッフを勝手に作っちゃったり・・・。
こうして日増しにこの伯爵夫人モードはレベルアップしていきます。
もうてんやわんやの状態です。



そんなある日・・・・。Kさんは施設内で脳梗塞を起こします。
救急車を呼んでいざ乗り込もうと言うとき
「誰ですかこの人たちは!
私が呼んだ救急車でもないのに乗りませんよ!」と
ろれつが回らない状態で救急車に乗ってくれません。

「このままじゃ、大変なことになっちゃいます!
救急車に乗ってください」と救急士の方がいうと

「私は病院には行きません。
病院に行ったら死んでしまいます。
死ぬならこの場所で死にたいのです。
私はここで死ぬと決めているんです」
と啖呵を切られました。

わがままし放題のKさんが
そんな風に思っていてくれているとは思いませんでした。
結局Kさんは入院せず、
やむを得ず在宅医を呼んで薬で治療してもらったのですが、
なんと1ヶ月後には脳梗塞は治り、
手足の麻痺などの障害も残りませんでした。
これには驚かされました!!




しかし、1ヶ月の寝たままの治療でしたから
足の筋力が弱り歩く力がなくなってしまったのですが
歩けるようになりたいと懸命にリハビリを続けられていらっしゃいました。


ある時、男性の入所者の方がやって来たときのことです。
どうやらこの男性はKさんの好みの男性だったようで、
みんなが集まるリビングにKさんがお洒落をして部屋から出てきました。
でも、このお洒落が大変な状態になっていました。
入所当時から認知症が少しずつ進んでいたKさん、
お洒落しているつもりがちぐはぐなことになっていたんです。
シャツを反対に着たり、ブラウスの上からシャツを着たり、
ストールのつもりでズロースを首からかけて
シャツのボタンを付けずに胸がはだけたままという状態だったんです。
(ここはすぐに直してあげましたが・・・)


それでもお上品に「うふふ」と微笑みながら
その格好のままお好みの男性の横で
「まー、横に座らせていただいて宜しいんですか?」と
素敵な伯爵夫人です。

Kさんは90歳くらいの方だったんですが、
やっぱり女性なんだなぁ・・・と感心しましたね。





こんな風に自由に過ごしていただいたKさんでしたが、
やがてお別れの時がやって来ます。
「ここで最期を迎えたい」というKさんの思いがありましたから、
ご家族の方とも相談して
最期の時をここで過ごす「看取り」を行うことになりました。


自由気ままに過ごしたKさん。
明るく人生のエンドステージを過ごされたことと思います。
まわりのスタッフはもちろん、
同居されていた入所者の皆さんもKさんをよく知っていましたから
みんなで一緒に見送ろうということになり・・・・
「天国へ行ってらっしゃい」と優しく華やかに見送ることになりました。
悲しみを超えた「看取り」だったんです。

あるおじいちゃんは
「みんなで一緒に釜の飯を食べた仲間なんだから
わしらがそっちに行ったときはちゃーんと出迎えてよ」
と見送っていらっしゃいました。


今もその時の情景・空気・言葉をすべて思い出します。
まわりに沢山の人に囲まれて旅立っていったKさん。
「順番だからねえ」とポツリとつぶやくおばあちゃん。

ここで過ごしているおじいちゃんやおばあちゃん達は
健康で若い私たちでは考えもしない
「最期の時」が本当に身近なところにある事をわかっています。

宅老所という空間での「最期の時」を「看取る」のは
不思議な・・・温かいものがあります。

お別れはもちろんつらい事ですが、
宅老所を自分の場所と思って過ごしてくれたKさんは
私たちに様々なことを教えてくれました。


天国でも相変わらす伯爵夫人でいてくれるかしら・・・。

インタビュー後の対談

Aさんのお話もKさんのお話も聞いてて涙が出ますね。でも悲しみの涙というより人間の【尊厳】を感じた・・・・そんな涙です。

そうですよね。現場で働く私たちは常にこんな場面に遭遇しますね。

皆さんがまるで家族のように対応していらっしゃるのが話をお伺いしてよくわかりました。

ありがとうございます。私たちの宅老所の役割や環境であったり家族のように対応することなどが少しでも伝われば良いのですが、なかなかこういったことを伝えるのって難しいですよね。病気をしても、家族の方がそばに居られない環境であっても私たちがそばにいること、安心して過ごしていただける体制を整えていることが伝われば嬉しいんですが・・・・。

きっと伝わりますよ。そしてしっかり伝えていかなきゃいけませんよね。介護保険ってわかりにくい制度だし、訳がわからないままのかたも沢山いらっしゃるはずですから宅老所やデイケアのことをわかりやすく伝えることは大事ですよ!

そうですね。今の時代はご家族が面倒を見てあげたくても出来ないことがありますからそのご家族の代わりに私たちがそばにいてお世話するということになります。もちろんご家族でなければわからない絆の部分は私たちに出来るわけではありませんが、それ以外のことは私たちがお世話していくのが宅老所やデイケアの仕事ですね。これはご家族の安心も私たちがご提供できるって思うんです。

なるほど。一昔前は老人ホームっていう名称が一般的でしたよね。その頃はなんだか残酷な言い方ですけど「老人ホームに放り込んでおけば済む」みたいな言い方をする人もいたし、【老人ホーム=姥捨て山】という感じがありましたよね。

確かに酷いところもたくさんありました。鍵を閉めて閉じこめているようなところもあるし病院では、治療することが目的ですから、法律上どうにも出来ないこともたくさんありますからね。

そんな所と比べたら愛があるっていうか、温かみがあるっていうか。それが宅老所なんですね。

仰るとおりですね。私たちが目指すところはそこですし、人間の尊厳を最後の最後まで守るというスタンスで挑んでいきたいと思います。多くの方が宅老所で過ごしているうちに穏やかな表情になっていかれますよ。

それは本人にとってもとても良いことですね。どんどん核家族化が進んでしまって、一人暮らしのお年寄りがたくさんいらっしゃいますからね。面倒を見てあげたくてもそれが出来ないというジレンマもありますが、宅老所のような安心してお任せできる施設は助かるし、これから益々必要ですね。

本当はご家族が最後の最後まで一緒に過ごしてあげられれば良いのですが、現実面ではそうはいかないんですね。数日の事じゃありません。何ヶ月も、何年も続けなければいけませんから大変なことなんです。見てあげたい気持ちが溢れんばかりにあってもそれが出来ない現実。昔は大家族だから、誰かが働き、誰かが面倒を見るということができたけどこの時代背景ではとっても難しいことなんですよね。入所されていらっしゃるおじいちゃんやおばあちゃんが「ラストステージ」の主役ですから私たちがそのまわりで様々な役回りをするというふうに考えていただくと良いかも知れません。

ラストステージの主役ですか。なるほど。介護をするというマイナスなイメージじゃないですね。

そうなんです。最後のステージでどういう風に生き終えるか、少しでも嫌な思いをせずに過ごせるか、きつい・苦しい・家族から疎まれずに過ごさせてあげたいですよね。ラストステージの主役なんですから精神的につらい思いはさせたくないですね。

家族で介護をしていると「面倒くさい」「うるさい」「汚い」とかってなっちゃいますよね。「なんでこんなところでトイレを漏らすの!」とヒステリックになったり、ごはんの世話でもいい加減になったり・・・。結局嫌々面倒を見るなんてことも良く聞く話です。面倒を見ている家族も鬱病になってしまうなんて話もありますよね。

ええ、そうなんです。介護が精神的苦痛になると全てが嫌になってしまいます。それは「近い」からなんです。関係が近いと全てが嫌々になってしまうんです。家族がいくら優しい気持ちを持っていても苦痛に感じて出来ないんです。だからそこの部分を任せてもらってご家族の方々には温かい気持ちで接して欲しいと思います。

大変な部分はすべて皆さんにお願いして、家族は笑顔で接することが出来る。家族はこれに対して何となく罪悪感を感じたりすることもあるかもしれないけど、みんなの心のためにもこれが良いのかも知れませんね。

いいえ、罪悪感などではなく、おじいちゃん、おばあちゃんの為にも皆さんには「家族」でいてもらわないといけないんです。笑顔で接して、いたわっていられることが大切なんです。私たちが大変な部分は請け負います。皆さんは心の負担を少しでも無くし、介護保険によって経済的な負担も少しでも減らして欲しいんです。

よくわかりました。大変なお仕事だと思いますが頑張ってくださいね!

はい。常に温かい気持ちを持って皆さんに接していくように頑張ります。